SHUGOARTS
artists exhibitions news editions information home
back to artists
1950 名古屋に生まれる
大阪市在住
 
「屋上の耳」
藤本由紀夫(ふじもと・ゆきお)
−音とモノ−
私は大学で電子音楽を専攻した。電子音楽の制作において、音を生成させたり、音量や音色を変化させるには、機器と機器をコ−ドで繋いだり、様々なボタンやダイヤルを押したり回したりしてやればよかった。
 始めの頃は、様々な表情を持った音が次々に生まれてくるのに夢中になったが、月日が経つうちにどの音も同じように聞こえてくるようになった。それとともに、電子音での制作への興味も失っていった。
 スタジオでの制作をやめ、部屋でぼんやりと過ごすようになると、それまで気にも留めていなかった本のペ−ジをめくる音や、コ−ヒ−カップをテ−ブルに置いた時の音、街を歩いている時の自分の足音、といったような日常の何でもない音が気になるようになった。なぜ気になるようになったかというと「音」と「モノ」が一緒に存在しているという事実に気づいたからだった。当たり前のことであるが、目の前にモノが見え、そして、そのモノの音が聞こえるということを、電子音楽を制作している際にはすっかり忘れていたのである。
 私たちが普段耳にする音は、音を発するモノの素材、形、大きさ、そして運動によってほぼ決定されている。つまり、「見る」ことと「聞く」ことは本来切り離せないものなのである。私は身の回りにあるモノを組み合わせ、音の出るオブジェの制作を始めた。
FATE & CHANCE 1988
ガラス瓶に詰められたガラス玉と黄鉄鉱の結晶が、回転することにより不規則な音を奏でる。
−音と空間−
それらの音のオブジェをギャラリ−や美術館に展示していくと、会場が変わる度に音の聞こえ方が異なった。作品が置かれた空間の、素材、形、大きさによって、音は様々な表情を表すのである。つまり、私たちはいつも「音」そのものを聞いているのではなく「空間」を聞いているということなのだろう。私の興味は次第に「音を出す」ことから「音を聞く」ことに移っていった。
T FOR TWO EARS 1989
最初はパイプだけを展示したが、耳にあてる作品であると理解されなかった。
−屋上の耳−
よく見ると人間の耳は奇妙な形をしている。この奇妙な耳の形は、音の聞こえ方に影響を与えているのだろうか?象や兎といった独特な形の耳を持った動物も、私たちと同じ音が聞こえているのだろうか?といった素朴な疑問から「屋上の耳」は生まれた。「もし人間の耳が細長い筒のような形をしていたら、街の音はどのように聞こえるのか」を体験する装置として「屋上の耳」は作られた。実際にパイプを両耳にあてると、普段聞いている街のノイズは、低い唸り音の緩やかなリズムの波に揺れる音楽のように聞こえる。耳の形が少しばかり変化しただけで、いつもの世界が新鮮に感じられる。
この作品は屋上に設置されたことにより、聴覚が変化するだけでなく、普段眺めている街の景色の印象も新鮮になる。つまり、耳の形の変化とともに、目の高さも変化しているのである。
EARS WITH CHAIR 1990
パイプを椅子と組み合わせることにより、鑑賞者は自然に耳にあてるようになった。
−「見る」ことと「聞く」こと−
「芸術とは知覚の探求である」と聞いたことがある。芸術の役目とは、日常の知覚体験から少しばかりジャンプすることにより、新しい知覚の体験を通して、日常の世界の素晴らしさを再認識することではないかと私は考える。そのための装置として「目」と「耳」はこれからも私の制作において,ますます重要な役目を担ってゆくだろう。

初出: 『美術U 教授資料』 光村図書出版 2004年
藤本由紀夫(ふじもと・ゆきお)
文章・画像等の無断転載を禁じます。お問い合わせ ShugoArts シュウゴアーツ / info@shugoarts.com
SHUGOARTS website since2003 /designed by Kaori Hoya, constructed by Osamu Kaneko