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1978 北海道に生まれる
埼玉県在住
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絵画は森を目指し、私はそこで戯れるだろう
保坂健二朗
 樹木のあるちょっと幻想的な風景。表面には物性を強く残した絵具。そんな特徴をもつ池田光弘の絵画に、ローラ・オーウェンスとの類似を指摘する向きもあるようだが、はっきり言ってそれは表面的な物言いである。オーウェンスが東洋と西洋の様式なりペインタリー性と装飾性なり、両極的なものの折衷を目指しているのに対して、この弱冠28歳のアーティストは、そうした絵画を絵画たらしめていることに対してはあくまでも一瞥するにとどめ、もっと先に行こうとしているではないか。方法論が目的化してはいけない。絵画は、いやしくも芸術であろうとするならば、もっとやらなければならないことがあると言わんばかりに。
 眼を背けてはならない。そこには終わりの見えない森、高さの知れない森がある。そしてまた、顔のない人、私なのか誰なのかわからない人がいる。そのわからなさゆえに物語は、生まれながらも完結することを先送りにされている。形式の破綻した物語に支配された森がそこにはある。
 そんな森を内に孕んだ池田の絵画は、私にシベリウスの音楽を思い出させる。森だから、なんて安直な連想では断じてない。あのアドルノをして、彼の音楽を認めてしまうと、バッハからシェーンベルクに至る音楽の評価に用いられた基準の全てが無意味なものになってしまう、と言わしめたシベリウス。その彼が音楽に潜ませた毒、形式主義に対する美しきアンチテーゼは、そのまま池田の絵画にも確認できると思えて仕方がないのだ。
 いったいこの境地に池田はどうやって辿りついたのか。映像を使ったインスタレーションというありがちな試みに手を染めていた彼を掬い、絵画へと導いたのは、車窓から見た稲穂だったという。それも秋ではなくて初夏の稲穂波だ。青い稲穂に「やばい」と思った彼は、その体験を絵画にパラフレーズしようとした。広大であったはずの水田を、平らで、大きさの限られるキャンバスの内におさめようとするのは無謀としか言えないが、今となっては力業のなかだからこそわかることもあったのだろうと推しはかりたくもなる。つまり絵画において生み出すべきは、美しき青ではなく、それをおさめる深さなのだとわかってしまったのではないか。彼は山に入るようになる。
 見る対象に過ぎなかった自然が、入る場へと変容した。でも山ですることと言えば、釣りでも登山でもなくただ森に佇むこと。なにかを征服しようとするのではなく、ただただ身を沈めることだけ。池田は、言語化への欲望に沸き立つ身体を鎮め、物言わぬ人間の身体において、森を観じていた。そしてこの絵画が生まれた。
 だからだろう。その絵画の前に立つと、村上春樹の『少年カフカ』で、四国の森のシーンを読んだときのような感覚に襲われる。同じ四国でも、大江健三郎が描いたような共同体を取り囲む森ではなく、外にあったとしても、分け入ると、いつしか自分の内側に入っていることになってしまうかのような森へと入ってしまったような感覚に。
 それは私たちの森、ではなくて、私の森、この私のなかにある森だ。外縁を持つはずなのに、分け入ると、中心でも向う側でもなく「奥」に向かっていると感じてしまう不思議な場所。またそこは、時間と空間がともに宙づりにされているから、夢がいつもよりずっと根源的になる場所でもある。それは「絵画」を見るときの体験にきわめて近い。
 池田はその絵画が「森」そのものとなることを目指したのである。そしてこの存在論的な意味での「森」で戯れる者たちに、疲れが訪れることはない。彼らには、懐かしくもあり、まだ見たことがないようでもある夢がやがて訪れるだろうと私は信じる。
絵画は森を目指し、私はそこで戯れるだろう
初出 スタジオボイス(発行:株式会社INFASパブリケーションズ)
2006年7月号 PP.104-105 Voice's Art Apace 「Four Artists Show」
(ほさか・けんじろう 東京国立近代美術館研究員)
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