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| 眼を開けるのは、天使に出会うため |
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| 保坂 健二朗 |
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| 驚かなかったといえば嘘である。ゲントのアトリエでの夕刻。眼前にある作品を見ようとしても、「なぜ、あの小林正人が、ヌードを」という疑問が先立つ。わたしの眼は、むしろその隣にある作品、わたしたちが「小林正人」と言うときに思い描くであろう、木枠の組み立てとキャンバスの貼り付けと描く行為とが同時におこなわれた作品に救いを求めてしまう(図1)。小林本人が、「絵画の再構築とか、そういうことは昔から考えてない」と言っていたとしても、わたしたちにとって彼は、絵画を存在論的に脱構築しながら、「存在することで少しも失墜していない絵画」を現出させる制作者であったのだ。その彼が、なぜいま、ヌードというモティーフを引き入れなければならないのか・・・。 |
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| 図1: アトリエ風景 2004年1月 筆者撮影 |
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| だが、新たなる存在に関わろうとするアーティストは、観る者にすぎないわたしたちの希望にかまっているわけにはいかないのである。彼は言う。「サイト・スペシフィックな絵画は、もはやできる。できないことをしなければ意味がない。自分は絶対過去に戻ることはしない。性格的に」。なるほど。でも、なぜヌードが「できないこと」になるのか。 |
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| 横たわるヌード、ブロンド、ふくよかな体。こうした特徴を確認すれば、どうしたってわたしたちは、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノの《ウルビノのヴィーナス》を思い出してしまう(図2)。小林のヌードは、シーツはもちろん背景も描いておらず、しかも後姿であるという違いがあったとしても、「ゴヤですら、ヌードを描けていない」と美術史に言及する彼が、横臥するポーズを与えておきながら、ウルビノを意識していないはずはない。 |
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| 図2: ティツィアーノ 《ウルビノのヴィーナス》 1538年 ウフィツィ美術館蔵 |
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| ところで、ほかならぬこのウルビノを意識し、換骨奪胎したヌードの傑作が存在する。マネの《オランピア》、バタイユが、それをして近代絵画が生まれたとする絵画である。だが、ウルビノとオランピアを結ぶのは、作品の外部をイメージの解釈にとりこもうとする、いわば表象の論理にすぎない。なるほどその論理に従えば、尊厳を保つ神話的世界を表象するウルビノから、今日の人間の散文的な様相を表象するオランピアへという絵画の進展を確認できるだろう。だが小林は、その進展の延長線上に立ってはいない。彼は、サイト・スペシフィックな絵画制作を通じて、表象の論理からすでに自らの絵画を解き放っているのだから。小林がウルビノから受け継いだのは、その存在的な様相、つまり「神聖な人物像の非現実的で――そして失われた――甘美さ」(バタイユ)である。 |
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| 「甘美」。それは、表象の論理では捉えられない。「此岸を『彼方』として生きる明確な意志さえあれば、人生は『甘美』な奇蹟で満ち溢れる」と福田和也が言っているように、甘美は、此岸であるこの現実世界を彼岸として生きるとき、あるいはそこに彼岸を見出そうとするとき、質としてたちあらわれるのだ。ならば次のように言えるだろう。いま小林が目指しているのは、此岸にある作品に彼岸を引き入れること、そうすることで作品が甘美にたちあらわれるようにすることである、と。 |
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| 彼岸として召喚されたのは、小林にとっては徹底的な憧憬の対象であるヌードである(女性のヌードをそうした対象にすることへのジェンダー論的批判もあるだろうが、ここではその問題に立ち入らない)。だが、身体として分節性を持つヌードはプロポーションという造形原理の礎とも言え、それゆえ此岸的存在である絵画における諸々の事象(サイズやかたちなど)に規定されやすい。言い換えれば、本来ヌードは、絵画の構成要素と齟齬をきたしてはならず、相互に規定していると言えるほどまでの関係を取り結んでいなければならないのだ。だがそれでは・・・彼岸性が失われてしまうではないか。 |
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| そこで小林は、四肢を省略する。しかもその横臥するトルソを、背後から見て、一見不当と思えるほどに大きく描く。そうすることでヌードは分節性から自由となり、絵画という此岸性に規定されることなく、彼岸性を保つことができる。言ってみれば小林は、描くことの原理(造形原理)よりも、つくることの原理(制作規律)を重視しているのだ。彼は言う。「手は、造形することへと向かう性質を持っている。自分ですら眼を閉じて描いたら、つまらないもの、造形的なものを描いてしまうだろう」。
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| 彼は、眼を開けて描く。ヌードを、絵画という質料の束縛から自由に存在させるために。そのときヌードは、非質料的な形相、すなわち天使的存在となっている。天使は此岸に宿りうるのだ。 |
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| 今にして思えば、小林がかつて取り組んでいたサイト・スペシフィックな絵画は、ともすれば此岸と彼岸の完全な一致へと向かってしまいつつあったのかもしれない。「絵画をものとして抽象に存在させたい」という矛盾をはらんだ言葉が示すように、絵画から此岸性を捨象し、彼岸として、純粋な明るさとして自律させようとするのは、一種の危うい試みでもあった(それゆえに美しかったとも言えるのだけれど)。だが、いまや彼の眼は開かれたのである。絵画の此岸性を認めるために。そしてそこに彼岸的存在を、此岸性に回収されないように存在させるために。 |
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| 図3: アトリエ風景 2004年1月 筆者撮影 |
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| まだ手をつけていないキャンバスにも、小林は絵の具のチューブを置く(図3)。描きはじめる前にその状態を見続けるのだ。チューブに充満するエネルギーが、少しも減ずることなく絵画に変容することを信じられる瞬間まで。あるいは記憶の中に、絵画の此岸性が、すりこまれるまで・・・。そしてその瞬間が訪れ、制作がおこなわれ、存在することの美しさが、甘美さがたちあがりはじめる。そのとき小林は、作品を成立させる最後の行為として、ふたたびそのチューブを置く。それはまるで、絵画が甘美さの中に消えてしまわないための投錨のように決然とした行為で、しかしそれなくしては、わたしたちは天使に出会えない。 |
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| ※筆者は2004年1月31日、ゲントにある小林のアトリエを訪れた。文中にある小林のいくつかの言葉は、そのときの会話に基づいている。 |
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| (ほさか・けんじろう 東京国立近代美術館研究員) |
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